2025年10月。
9月の審査で初めて昇級した人たちがいます。
始めのうちは、なにがなんだかわからないうちに日々の稽古が過ぎ去っていきますし、審査も同じようなものです。
少し遅れてメリークリスマス。
そして、明けましておめでとうございます。
今回は多忙な年末年始を過ごしておりまして、ブログの更新が止まってしまっていました。ごめんなさい。またここから再開です。
どうぞ2026年もよろしくお願いします。
2025年5月18日(日)、京王アリーナ東京(旧武蔵の森スポーツプラザ)にて第39回東京都小学生空手道選手権大会が開催されました。当会からは強化選手四名のエントリー。それぞれが懸命に闘いぬきました。
BEYFM月曜27:00-枠のSound Fuji。月一回ですが、当会の奥村知行さんがパーソナリティーを務めます。奥村さんと言えばキングレコード。キングレコードと言えば私にとっては故西田敏行さん。そしてババババンビと林原めぐみさん。
奥村さんの素晴らしい選曲に期待しております。
よかったらチェックしてみてください↓

恒例の春季強化合宿。期間は一週間。対象は上級クラス、強化選抜選手、育成選手。会場は青梅市御嶽山。標高929Mで行うフィジカル&テクニカルトレーニング。御嶽山は勾配が激しくトレーニングには最適。稽古を行う体育館は少し古めかしい雰囲気だが最近は電灯がLEDになったりWifiルーターが設置されたりで有難い。
御嶽山は、数年に一度カメムシが大量発生する。我々が御嶽山で合宿をするようになって10年近いが2024~2025年は過去一の豊作。「一匹を捕まえれば1,000円」なんて制度があれば億万長者になれる。
4月、新年度に入ったこの頃。道場には新しい仲間たちが加入してきます。一方、上位大会を目指す選手たちにとっては大事な大会が直前に迫ってくる時期でもあります。
10年以上前のこと。
道場の先輩に連れて行ってもらった東京都マスターズの練習会。あの頃、私はまだ30才でした。
まだまだ若い私は自分に自信を持ってその場へ行ったのですが、自分より10も20も年上のオジサマたちの動きにずいぶんと驚かされたのでした。なかでも高桑さんとの組手は非常にやりにくかった印象が残っています。
2025年2月のとある稽古。
その日の稽古は、いつもより少しハードな稽古。
全員が一瞬であっても気を抜かない緊張感のあるひととき。
自分のためだけでなく、今日が最後となる仲間の背中を押すように、1秒、1秒を真剣に大切に時を過ごしました。
次のステージでもきっと頑張って。
お疲れ様でした^^
2 2025年2月7日、受験のため昨年6月末から休会していた馬場先輩が道場に戻ってきました。背が伸びていてちょっとびっくり。休会前最後の稽古参加のときと雰囲気が違います。復活した馬場くんは、川﨑くんと共に育成選手として来年の全中予選(団体戦)を目指すことになりました。その挑戦を全力で応援しようと思っています。
恩師、馬場良雄先生が10月27日に89才で永眠された。
私の空手道人生を導いてくれた偉大な先生。ありがとうございました。
よく聞かされた先生の愚痴を覚えている。
「空手家は勉強しないから駄目だ」
「空手家は本を読まないから駄目だ」
「強くても学ばない人は駄目だ」
先生は勉強熱心な人だった。
私が組手の稽古に熱心だったときには「形と組手、両方一生懸命にやりなさい」と注意された。
私が金髪坊主にして道場へ行ったときには「先生の方がまぶしいぞ」と言って、蛍光灯の光が反射する頭をペチペチと叩いていた。
馬場先生は、ニコニコしているときの表情と厳しい目をするときの表情がまるで違くて、それが怖かったし、好きだった。
馬場先生は、稽古の日には欠かさず道場の脇の方で二十四歩を一人で練習していた。
馬場先生は、私が自主練をしたいとき、いつでも道場を貸してくれた。
正月の鏡開きの日、遠志館の先輩たちと一緒に裸足で小平の町を走った。馬場先生とのりべんを一緒に食べた。馬場先生にお酒を頂いた。
東京武道館の帰り、道原先生と馬場先生に連れられて三人でラーメンを食べに行った。
馬場先生は、私が国際武道大学へ進学する時、当時、国際武道大学で教鞭をとっていた三村由紀先生に電話をしてくれた。
何年か前から私の課題形は、馬場先生と同じ二十四歩にした。
先生と同じように空手道を生業にした。
だけど先生のような人格者には、まだ成れていない。
どうか安らかに。
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